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大阪地方裁判所 昭和35年(わ)1178号 判決 1960年9月29日

被告人 藤崎義信

昭一四・一二・一七生 自動三輪車運転者

主文

被告人を死刑に処する。

押収にかかる印鑑一個(昭和三五年押第三二二号の四)及び郵便貯金払いもどし金受領証(同号の五)はこれを没収する。

押収にかかる郵便貯金通帳一冊(昭和三五年押第三二二号の三)はこれを被害者門田弘道に還付する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(事実)

被告人は、実父国彦、実母律子の長男として満洲において出生し、昭和二十一年肩書本籍地へ引揚げ、同地の中学校を卒業後昭和三十一年二月自動車三級整備士の資格を得、暫らく同県所在の自動車修理工場で働いていたが、同僚と喧嘩して右工場を退職し、昭和三十二年夏、大阪に居住する伯父を頼り職を求めて上阪し、日本通運株式会社に月収一万円前後で就職した後、大阪市城東区関目町一丁目三十五番地同会社片町支店関目営業所の配達員として勤務していたものである。

被告人の生活態度は上阪当時から一年数ヶ月は比較的真面目で約一万七千円の貯金さえできていたが、昭和三十三年十二月頃下宿先の食堂の女中をしていた中沢知代と恋愛関係になり同棲するようになつてからは、自分の収入をも顧みず月賦で無計画に背広、靴、皮ジヤンバー等を次々と購入し、屡々パチンコ遊びをする等生活は次第に乱れ、加えて昭和三十四年十二月頃肺門淋巴腺炎及び肋間神経痛の診断を受け、前記勤務先を休むようになつてからは収入も絶え従来購入していた衣類等を入質して生活せねばならぬ状態となり、被告人はその窮状打開のためどこか他所で働いてあげる収入と健康保険組合から支給される筈の療養費等との二重取りをすべく、前記勤務先には秘密に昭和三十四年一月十四日から大阪市都島区都島本通一丁目六十七番地本町運送店こと中上重保方に自動三輪車の運転手として勤務したが、内妻知代との仲も次第に面白くなくなり、遂に同女とは翌三十五年二月初め別れ、右本町運送店も退職したのであるが間もなく、新聞の求人広告に応じ市城東区関目町関目建材株式会社に運転手として住込みで勤務することとなつた。ところが当時被告人は前記の無計画な衣類等購入の月賦金が二万円余、右衣類等を質入れしたためその質受けのため約一万円、計三万円余の借金があり、日本通運の上司を通じての月賦金支払いの督促も激しく、且つ質物の流質期限も迫るのに、あてにしていた前記療養費等の支給も何時のことかわからず、早急に右金額の調達の必要に迫られ、種々思案したが妙案とても思い浮ばぬところから、被告人は他人の金員を奪うことによつて右三万余円を調達しようと考えるにつ至た。

そして被告人は、その方法としてかつて自己の勤務していた前記本町運送店へ窃盗に入るか、又は前記日本通運勤務当時、被告人の配達区域であり三回程荷物の配達をしたことのある同市都島区大東町三丁目所在公団住宅都島団地内十三号館一階百九号室の北脇法子が何時も女一人で留守居をしており、且つ人の良さそうなところから、右北脇方へ家を尋ねるような様子をして訪れ、同女がドアーを開けてくれれば、その瞬間、かねて腕に覚えの唐手で右法子の鳩尾を一究きして同女を気絶させ手足を縛り上げた上、金品を強奪するか、いずれの方法がよいかと考えたあげく、先ず本町運送店に対する窃盗を行うこととし、

第一、昭和三十五年三月十六日午後八時三十分頃、前記本町運送店こと中上重保方において同人所有のガソリン券一冊(時価約五千八百五十円相当)並びに村田徳五郎名義、住友銀行高麗橋支店の普通預金通帳一冊(預金額三万五百円)、同人所有の現金約五、六千円、カメラ一台、印鑑二個、女持腕時計、指輪各一点(時価合計約九千円相当)を窃取し、

第二、右窃取にかかる預金通帳の預金を引出そうとしたが、預入先である住友銀行高麗橋支店の所在が容易に判明せず、漸く同月二十四日午前十一時頃同支店に至り、右預金通帳から額金を引出そうとしたところ、既に被害者より紛失届が出ていたためその目的を遂げず、ここにおいて前記北脇方に対する犯行計画を実行することとし、北脇法子が被告人の顔に見覚えのあることを予想し、金員強取後は同女の手足を縛つたまま部屋を閉めきり、ガスを放出して逃走し、同女をガス中毒により殺害しようと決意を固め、同日午後零時半過頃、前記北脇方を訪れたところ、同女が被告人の態度に不審をいだきドアーを開けなかつたため、この計画は挫折の止むなきに至つた。そこで被告人はこの上は前記団地内の出入口のドアーが開いている部屋に強盗に押入り、金品奪取のためには相手が死んでもどうなつてもかまわないという考えのもとに、右団地内の人通りの少ない北東端の八号館を選んで各階を順次物色中、同日午後二時過頃、たまたま同館五階五百二号室門田弘道方のドアーが開いているのを発見するや、直ちにこれが計画を実行すべく、家人が留守居の同人妻タヅヱ(当時二十二年)及び生後間もない長女道子だけであることを見届けた、上奥六畳の間の右タヅヱの背後に忍び寄り、被告人に気付いて振向き驚くタヅヱに問答無用と腕に覚えの唐手で先づ同女の鳩尾附近に強打を加え、同女が「ううん」と呻きながら腹部を押えて前かがみになつたところを押倒し首を締めかけたが、同女が必死に抵抗し被告人の手から逃れて入口に向つて逃げかけたため、直ちにこれを追い、助けを求める同女の背後から組みついて入口の板の間に引きもどし、ただ恐怖に「どうしようと言うのね」と哀泣する同女の口を塞ぎながらその首を締めつけていたところ、わずかの隙をみて同女が奥六畳の間に逃げこむや、執拗にもこれを追いかけ、仰向けに引倒して馬乗りとなり、両手を輪のようにしその頸部を力一杯締めつけながら押えつけたところ、同女は間もなく苦悶の中に力を失い抵抗を止めたが、被告人は更にその附近にあつた洋服ダンス内のネクタイ二本(証第二号)をとり出し、一本ずつ首に巻きつけて絞搾し、よつて同女をして即時同所で窒息死させて殺害した上、同女等所有の現金三千円、門田弘道名義の郵便貯金通帳一冊(預金額一万五百円)(証第三号)、門田道子名義の積立郵便貯金通帳一冊(掛金額二千円)、イヤリング八組、ネツクレス四個、女持腕時計、ライター、ケース入り印鑑、ブローチ、べつ甲製指輪、陶製帯留及びヘヤークリツプ各一個外雑品三点(時価合計約一万二千円相当)を強取し、

第三、右強取にかか門田弘道名義の郵便貯金通帳を利用してその貯金を騙取しようと企て、同日午後三時五十分頃同市旭区赤川町四丁目一番地旭北赤川郵便局において、行使の目的をもつて、擅に郵便貯金払いもどし金受領証用紙の金額欄に一万円、住所氏名の各欄に大東町三丁目四十番地住宅公団門田弘道、その他必要事項を記載し、印鑑欄に他より購入した「門田」と刻した印鑑(証第四号)を冒捺して、もつて門田弘道名義の郵便貯金払いもどし金受領一通(証第五号)を偽造し、即時これを真正に成立したものであるかのように装い右郵便貯金通帳と共に真実門田弘道が貯金一万円を引出すごとく同郵便局係員勝丸市子に提出して行使し、同係員をしてその旨誤信させ、よつて即時同係員より郵便貯金払いもどし名下に現金一万円の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用並びに情状)

法律に照すと、被告人の判示所為中第一の窃盗の点は刑法第二百三十五条に、第二の強盗殺人の点は同法第二百四十条後段に、第三の私文書偽造の点は同法第百五十九条第一項に、同行使の点は同法第百六十一条第一項、第百五十九条第一項に、詐欺の点は同法第二百四十六条第一項に各該当するが右私文書偽造、同行使、詐欺はその間順次手段結果の関係にあるから、同法第五十四条第一項後段、第十条に則り最も重い詐欺罪の刑に従い、以上は同法第四十五条前段所定の併合罪であるところ、本件犯行特に判示第二の犯行の情状についてみるに前掲各証拠によれば、被告人が本件各犯行当時、生活に窮し金策の必要に迫られていたことは判示認定のとおりであるが、その原因たるやもつぱら被告人自からの無計画な消費生活に起因するものであつて、その困窮の程度も被告人が判示第一の窃取した現金を直ちに女遊びやパチンコ遊技に費消している事実に徴するも、特に切迫同情すべきものとは認め難いのみならず、右窃盗の犯行後旬日を出ずして判示の如く本件強盗殺人を計画実行するに至つたことは、自己の浪費生活のため他人の人命を犠牲にすることを厭わぬものといわざるを得ない。この点に特に人命軽視の反社会的な性格を覗い知ることができる。一方被害者門田タヅヱは生後間もない長女道子と共に夫弘道の帰宅を待ちながら、つつましくも平和な家庭生活を営んでいたのに何等の過失なく一瞬のうちに被告人の犠牲となつてその生命を奪われたものであるから、被告人の家庭事情、その年令、従来さしたる非行歴の無いこと、被告人が本件犯行を犯すに際し凶器を用意していなかつたこと、事件後逮捕されるや、取調官に対し一切を自白していることなどを考慮に入れても、前記被告人の犯行の動機、目的、殺害方法、人命に対する観念その他諸般の情況を綜合すれば、被告人に対しては極刑を科するの他ないものと認めざるを得ず、よつて判示第二の強盗殺人の罪について所定刑中死刑を選択し、従つて同法第四十六条第一項に基き他の刑は科さぬこととし、よつて被告人を死刑に処し、主文第二項掲記の印鑑一個は判示第三の私文書偽造の犯行の用に供したものであり、郵便貯金払いもどし金受領証は判示第三の偽造私文書行使の犯行の組成物件であるから、同法第十九条第一項第二号、第一号、第二項によりこれを没収し、押収してある主文第三項掲記の郵便貯金通帳一冊は判示第二の強盗殺人罪の賍物であつて、被害者に還付する理由が明白であるから、刑事訴訟法第三百四十七条により被害者門田弘道に還付することとし、訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田亮造 雑賀飛竜 三好吉忠)

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